こんにちは。法文学部3年の小森瑞姫です。2025年9月から、オーストラリアのニューイングランド大学(UNE)に留学しています。今回のブログでは、私が留学生活を通して感じた「コミュニティ」という存在の大切さについて書きたいと思います。
皆さんは、自分がどのようなコミュニティに属して生活しているかを意識したことはありますか。また、自分自身の宗教や、他者の宗教について深く考えた経験はあるでしょうか。
日本で生活していると、宗教はどこか個人的なもの、あるいは日常生活とは切り離されたものとして捉えられがちだと感じます。私自身、日本で過ごしていた頃は、宗教が自分のコミュニティの基盤になっているとは、あまり意識していませんでした。
しかし、アーミデールでの生活を通して、宗教や信仰をより身近なものとして感じるようになりました。そして私は、宗教や文化が「個人の問題」だけではなく、ここアーミデールでは、人と人とをつなぐコミュニティの核になっているのではないかと考えるようになりました。
<キャンパス内に存在する多様なコミュニティ>
まずは、UNEのキャンパス内に存在する宗教的コミュニティについて紹介します。キャンパス内には、アボリジナルセンター、教会、モスクといった、さまざまな背景を持つ人々のための施設があります。これらがキャンパスの中に自然に溶け込む形で存在していることに、私は最初とても驚きました。
大学が、学生一人ひとりの文化的・宗教的背景を尊重し、安心して過ごせる居場所を用意していることが伝わってきたからです。

(キャンパス内にある教会)

(キャンパス内にあるモスク)

(キャンパス内にあるアボリジニのためのオフィス)
一方で、最初に抱いた印象として、「宗教的な建物らしくない」という感覚がありました。モスクや教会と明記されてはいるものの、私がイメージしていたようなステンドグラスやドーム型の建物ではなかったからです。
オーストラリアは多文化社会として知られており、アーミデールにもさまざまな国にルーツを持つ人々が暮らしています。アーミデールは鹿児島市の約18分の1という小さな街ですが、その限られたコミュニティの中で、この地域は国や州の平均と比べて、アボリジニの人々の割合が二倍以上と高いことが統計からも分かっています。
実際の生活の中では、服装などからその違いを見分けることはほとんどできません。しかし、現地の友人から「キャンパスから街の中心部へ向かう途中には、アボリジニの人々が多く暮らしている住宅街がある」と教えてもらいました。実際にその地域に行ってみると、暮らしているのは他の住宅と変わらない一軒家が並んでいます。
先住民と聞くと、民族衣装を身にまとい、自然に近い環境で暮らしているというイメージを抱いていました。しかし、この話や、キャンパス内にある先住民支援を目的としたオフィスの存在を通して、普段意識していなかった場所にも、多様な人々の生活とコミュニティが存在しているのだと実感しました。なぜアボリジニの人々が特定の地域に多く暮らすようになったのかについては、まだ十分に理解できていませんが、今後大学の授業を通して、より深く学んでいきたいと考えています。
<つながりを大切にする宗教施設>

(UNEの教会内部)
キャンパス内の教会やモスクは、一般的にイメージされる宗教施設とは少し異なります。UNEのキャンパスにある施設は、一見すると普通の大学の建物のように見えます。モスクには入る機会がありませんでしたが、教会にはこれまで何度か通い、ミサに参加しています。
実際に教会の中に入ると、大きな十字架が掲げられ、賛美歌が歌われ、聖書に基づいた説教が行われていました。1時間半のミサが終わった後も、多くの参加者がその場に残り、1時間ほど友人や知人との会話を楽しんでいる様子が印象的でした。そこでは、建物の豪華さや形式よりも、「同じ時間に集まり、共に祈り、語り合うこと」が重視されているように感じました。
また、キャンパス内に位置しているにもかかわらず、参加者は学生だけではありません。街中に住む人々も多く利用しており、街には10以上の教会が存在するにもかかわらず、あえてUNEの教会を選んでいます。話を聞いてみると、家族がそこに通っているからという理由や、学生時代からこの教会に通っているというような理由がありました。
さらに、インターナショナルな参加者への配慮も印象的でした。説教の内容はQRコードを通じて即時翻訳できる仕組みが整えられており、英語が母語でない人でも内容を理解しやすくなっています。これは、最近導入したものだそうですが、留学生だけでなく、移住によってさまざまな国にルーツを持つ人々にとっても、開かれた場であると感じました。教会には英語だけでなく、中国語やアラビア語の聖書も置かれており、自由に持ち帰ることができます。
こうした工夫から、宗教施設が「信仰のための場所」であると同時に、「多様な人々を受け入れるコミュニティの場」として機能していることを強く感じました。
<日常生活の中にある当たり前の配慮>

(アーミデールにあるレストランのメニュー)
宗教や文化への配慮は、宗教施設だけに限られていません。寮やレストランでは、ビーガン向けの食事や、豚肉を使用しないメニューが用意されています。上記の写真は、私が以前働いていたアルバイト先のレストランのメニューです。
この店には、ハラルの食事を必要とするお客様や、ビーガンのお客様も多く来店していました。そのため、使用されている食材が詳しく明記されており、お客さん自身が、どの材料が使われているかを確認したうえで、安心して選択できるようになっています。
例えば、バインミーというメニューには卵クリームが使われていますが、「ビーガンだが卵は食べられる人」「卵も含めて動物性食品を一切口にしない人」など、食に対する考え方は人それぞれです。こうした多様な選択肢に対応するため、注文時に細かく調整ができるようになっており、それが特別な対応ではなく、日常の業務として自然に行われていました。
また、友人たちと集まってBBQをする際にも、豚肉が並ぶことはほとんどなく、誰もが安心して食事を楽しめるよう、自然と工夫がなされています。
特に印象的だったのは、こうした配慮が「特別なこと」ではなく、「当たり前のこと」として行われている点です。誰かに強制されているわけではなく、「みんなで一緒に過ごすためにはどうしたらよいか」を考える姿勢が、日常生活の中で共有されているように感じました。
<鹿児島との比較から考えたこと>
日本で過ごしていた頃、宗教は比較的プライベートなものとされ、日常生活の中で他者の宗教的背景にまで配慮する場面は多くないように感じていました。そのため、UNEでの生活は、私にとって新鮮であると同時に、多文化共生のあり方について考えるきっかけとなりました。大学のホームページ上でも、この街に存在するさまざまな宗教団体へアクセスできるようになっています。

(宗教団体に関する大学ホームページ)
この経験を通して、多文化共生とは制度やスローガンだけで実現するものではなく、日常の中での小さな気遣いや、相手を理解しようとする姿勢の積み重ねによって成り立つものなのだと感じました。
UNEでの生活を通して、コミュニティとは、人が安心して属することのできる居場所であり、多様な価値観を持つ人々が共に生きるための基盤なのだと実感しています。これからも、自分とは異なる背景を持つ人々と関わる中で、相手の文化や考え方を尊重し、理解しようとする姿勢を大切にしながら、留学生活を送っていきたいと思います。





